鼻行類(Rhinogradentia)的な

Saturday, February 25, 2006

果たして時間が戻っても、修正できるのか?

そもそも間違いを修正するということは可能なのか?
時間を遡行することが可能となり、肉体もそれに応じて若返り、精神のみが現在を背負って、「あの時」の手前に戻ることができたとして、さて、既に知っているこれから行われる間違いに向かって、その時の肉体は、修正という行為に及ぶだろうか?「私はこれから起きる間違いを知っている」と嬉々と対応するのだろうか?
そもそも間違いとは何か?歪んだある一点のミスを示すのか?それを削除すれば、あるいは避ければ、修正となるのか?修正すれば間違いはなくなったことになるのだろうか?

物事の正当性を巡る思考の解放を祈るような気持ちが、ズレた非現実的な想定を呼び、虚構の上で問いを繰り返す戯れを列車の中で繰り返していると、思いもしなかった場所にたどり着くのだった。
あの時こうしていればよかったと思うことが増えるにつれ、あの時こうするとはどうするのだとその時に迫って何かを探そうとすると、実はそこに何も見いだせない。

繰り返した蒙昧な問いに、辛うじて、間違いの修正ではなく、修復ならば、私は行うことが出来ると、卑怯な言葉の移動で、その慌てた対処をやり過ごすのだったが、決定的な態度を保留したまま、車内の「間違い」を探すような自身の目つきを閉じ、いきなり訪れた睡魔に任せた。